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カテゴリー「格闘技」の記事

2023年10月 9日 (月)

『アントニオ猪木をさがして』(2023)

2022年10月1日

アントニオ猪木がこの世を去った

 

あの時、とてつもなく大きな悲しみが襲った

偉大な闘魂を失ったと思った

 

しかし、1年経って、新日本プロレス創立50周年記念として、再び闘魂に接することができた

 

 

いや違う

 

ワタシの中に闘魂はいたんだ

皆さんの中にも闘魂は眠っていたんだ

 

本作を観て、猪木イズムに触れるにつれて、時代の先端を走っていた闘魂は、

さらに先を走っているだけなんだ

 

猪木は死んではいない!そこにいるのだ!

新日本の、日本のプロレスラーの中にいるのだ

我々ファンの中に、日本国の中にいるのだ

 

そう思わせられる作品であった

 

 

この道を行けばどうなるものか

危ぶむなかれ

危ぶめば道はなし

踏み出せばその一足が道となり

その一足が道となる

迷わず行けよ 行けば分かるさ

 

ありがとう!

 

合掌

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2010年5月24日 (月)

アニキ! ラッシャー木村死す

ショックだ!

あのマイクパフォーマンスが、もう聞けないんですね。

残念です。

68歳はあまりにも早すぎます。

アニキ!とジャイアント馬場社長を呼ぶ声が今も耳に残っていますよ。

ご冥福をお祈りします。

2009年6月15日 (月)

一晩たって...

ようやく本当のことなんだなぁ、と思うようになりました。

 ノアの会社としての追悼FAX。

 有名選手らの相次ぐコメント。

 スポーツ新聞の見出し。

次々と三沢の死が現実だったんだと思い知らされる。

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死因は「頸髄離断」と言って、脊髄や延髄につながる場所の損傷のようだ。

ここが傷つくと心拍や呼吸の中枢のため、たとえ頑強なプロレスラーでも致命的らしい。

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三沢は体調がすぐれないのに欠場もせず、リングに上がったようだ。

そして技を受けて朦朧としているところにバックドロップ。

受け身の名人が受け身を取れなかった。

最後の言葉が「ダメだ、体が動かねえ」だったそうだ。

プロレスラーとしては、リングの上で死ねて本望だったのだろうか?

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三沢にバックドロップをかけた齋藤彰俊は昨日もリングに上がった。

泣きながら戦い、遺影に土下座もした。

引退、リングから逃げることも考えたそうだ。

しかし「重い十字架」を背負って闘う決意をしてリングに上がった。

その決意を応援したい。

その決意が三沢への供養になるはずだと信じて。

合掌

2009年6月14日 (日)

嘘だ!

誰か嘘だと言ってくれ!
三沢が死んだなんて。

信じられない。

2008年12月 7日 (日)

肩すかし−K1グランプリ

昨晩、今年のK1チャンピオンを決める最終トーナメントが行われ、眠い目をこすりながら見てました。

過去2回チャンプになっているレミー・ボンヤスキーと今大会で初のチャンプになれるかというバダ・ハリの決勝戦、好カードと思ってました。


しかし、フタを開けてみたらバダ・ハリの反則負け。


足を掬われてリングに倒れたレミーの顔をバダ・ハリが顔面を踏みつけてしまい、そのダメージが回復せずにそのままドクターストップ。

呆気ない、しかも後味の悪い締めくくりでした。

結局3回目のチャンプになったレミーも涙を流してましたが、喜びの涙と言うより、情けない終わり方に涙したんだろうなぁ。

こんな結末は見たくなかった...

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